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なごや英傑
史跡一覧
なごや英傑 史跡一覧
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多賀宮
明治中期、滋賀の多賀大社より分祀され、円頓寺商店街へ。伊邪那岐命と伊邪那美命を祭神とする、延命と縁結びの神社。 -
榎白山神社
桶狭間の戦いに出陣した信長は、ここに立ち寄って勝利祈願したとされ、勝利の返礼に太刀一口を寄進したという説がある。 -
美濃路一休庵・飴茶庵
土産物や駄菓子などを販売。 -
正覚寺
桶狭間の戦いで敗れた今川義元を弔うため、信長が須ケ口に築いた今川塚を後に供養碑として建立。その供養碑が移設された。 -
日吉神社
清須市内にある三英傑ゆかりの神社。「お申の神社」としても知られ、話題の現代美術アーティスト、イチハラヒロコの恋みくじが人気。 -
清洲城・清洲公園
清須城は信長が20歳から約8年間居城とし、桶狭間の戦いに出陣した城。平成元年にこの地に再建された。清洲公園には信長公出陣の像と濃姫像… -
宮の渡し公園
家康の時代に交通体系が本格的に整備されたとされる東海道五十三次。その41番目にあたる「宮宿」は、最大規模の宿場として多くの人でにぎ… -
五条橋
元は清須を流れる五条川に架かっていたが、家康による「清須越」の際に現在の地に移築。堀川で初めて架けられた橋でもある。幾度となく改… -
朝日神社
名古屋城築城の際、家康が正室にあたる朝日姫(豊臣秀吉の妹)の氏神である朝日神社を城下町(碁盤割り地区)の守護神として清須から移す… -
碁盤割地区
徳川家康の命により清須城の周囲の町ごと名古屋城下に移動させた、通称「清須越」によって作られた名古屋の城下町は、「町割り」と呼ばれ… -
笠寺観音(笠覆寺)
733年、呼続の浜に漂着した霊木に僧の禅光上人が十一面観音像を刻んで安置し、小松寺と名付けたのがはじまりといわれ、人びとから厚い信仰… -
小幡城跡
1522年、織田配下の岡田重篤によって築かれたといわれる。1535年に家康の祖父・清康が尾張に軍を進めたとき在城し、また織田信光の居城に…
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