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家康関連 史跡一覧
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有松の町並み
1608年に尾張藩の奨励で、東海道の「鳴海宿」と「池鯉鮒宿」の間に開かれた有松地区。旅人のみやげ物として考案された有松絞りとともに発… -
名古屋能楽堂
1997年に名古屋城正門前に開館。日本建築様式の優美な外観、木の香漂う内装、木曽檜造りの能舞台と630席の座席などが特徴。名古屋能楽堂定… -
徳川美術館
徳川家康の遺愛品を中心に尾張徳川家代々の重宝をはじめ、織田信長・豊臣秀吉ら天下人ゆかりの品々や国宝「源氏物語絵巻 」、国宝・重文の… -
徳川園
1695年に尾張藩二代藩主の光友が、隠居所として自ら造営した大曽根屋敷跡。現在は総面積2.3haの池泉回遊式の日本庭園が広がり、高低差のあ… -
大高城跡
桶狭間の戦い当時は海岸線が迫り、伊勢湾に面した城だった。若き徳川家康(松平元康)が兵糧を入れ、織田方の砦を攻める際に出撃した。国指… -
丸根砦跡
大高城を包囲するために築かれた織田方の砦のひとつ。若き徳川家康(松平元康)の攻撃によって攻め落とされた。国指定史跡。 -
熱田羽城跡
織田信秀の人質となった徳川家康(松平竹千代)が幽閉された地。熱田の豪商・加藤図書助の屋敷跡。当時は精進川河口部の浜堤の突き出た場所… -
小幡城跡
長久手合戦の前夜に家康が入城し、戦勝後に帰城した。城跡を示す明瞭な遺構はないが堀跡や曲輪跡を思わせる高低差が残る。台地の北縁に位… -
笠寺観音(天林山笠覆寺)
尾張四観音のひとつ。この場所で織田家人質の家康(竹千代)と今川家人質の織田信広(信長兄)の人質交換が行われたという説もある。 -
碁盤割地区
徳川家康の命により清須城の周囲の町ごと名古屋城下に移動させた、通称「清須越」によって作られた名古屋の城下町は、「町割り」と呼ばれ… -
朝日神社
もとは清須に創建された。徳川家康の正室朝日姫(秀吉妹)の氏神とされ、家康の懇請により現在地に遷座された。以降、城下町の町人地の守護… -
五条橋
元は清須を流れる五条川に架かっていたが、家康による「清須越」の際に現在の地に移築。堀川で初めて架けられた橋でもある。幾度となく改…